東京高等裁判所 昭和38年(ラ)305号 決定 1963年12月27日
抗告人 堀江明大
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
抗告理由第一点について。
杉並区役所における本件競売期日の公告が抗告人主張のような方法でなされていることは抗告人提出の疏第一号証(写真)によつて認めることができ、東京地方裁判所における右期日の公告が抗告人主張のとおりの方法でなされていることは当裁判所に顕著な事実である。そこでかかる公告が競売法第二九条によつて準用される民事訴訟法第六六一条第一項の公告としての効力を有するか、どうかについて考えるに、公告の目的が競売の事実を一般不特定多数人に了知させ、なるべく多数の者をして競売に参加させようとするにあることは抗告人主張のとおりであつて、その目的を達するためには、右のような現在行われている公告方法に改善の余地のあることは勿論であるが、かような方法でなされた公告であつてもそれが民事訴訟法第六七二条第五号に該当する違法であるといいうるか、どうかは別の観点から検討しなければならない。ところで競売期日の公告は商業公告のように通りすがりの者の興味を喚び起し、その注意を引き付けようとする性質のものではなく、競売について積極的に関心を有する者のためにいかなる競売が行われるかを知り得るようにすれば足るものと解すべきところ、右のごとき者が掲示場に近寄つて見れば掲示してある競売期日の公告に関する書類の内容が隅から隅まで読み得るような状態にあれば理想的であるが、競売期日の公告に関する書類が何枚も重ねて右肩を押しピンで止められ、又は紐で綴じられて掲示板の釘にぶら下げてあるため、下の方の書類の内容が見得なかつたとしても、右のごとき競売について関心を有する者にその書類が競売期日の公告に関する書類であることが判り、かつ、右のごとき者が係員に申出て、掲示にかかる書類を手に取つて見ることができるような体制にあれば、これをもつて競売期日の公告がなされたものということができる、と解するのが相当である。本件競売期日の公告に関する書類が他の競売期日の公告書類の下に重ねてあつて、そのままでは読み取れない状態にあつたとしても、重ねて掲示してある書類が競売期日の公告に関する書類であることが判る状態にあつたことは既に述べた競売期日の公告方法自体によつて明らかであり、かつ、右に述べたような申出が係員によつて拒絶されたというような特別の事情のない限り、裁判所や区役所は一般にその勤務時間内にある限り、右申出に応じうる体制にあるものと推定するのが相当であつて、本件について右のような特別の事情のあつたことを認めうる資料は何等存在しないから、本件競売期日の公告は適法になされたものというべきである。なお、かように解する以上、杉並区役所におけるように掲示場のガラス扉に錠が掛けてあつたからといつて、適法な公告がなされなかつたものといい得ないことは改めて説明するまでもない。従つて抗告理由第一点は理由がない。
抗告理由第二点について。
抗告人主張のような車庫が存在するにしても、かかる車庫は独立した不動産というべきであるところ、本件記録によれば本件競売手続においては、別紙目録<省略>記載の土地建物のみが競売の目的となつているのであつて、右車庫は競売の目的となつていないものと解されるから、右車庫も、本件競売の目的となつていることを前提とする抗告理由第二点は理由がない。
第三点について。
本件競売調書に抗告人主張のごとき記載のあることは、本件記録により明らかであつて、右記載が虚偽であることを認めるに足る資料は何等存在しないから、右調書の記載を真実と認める外なく、抗告人の抗告理由第三点も理由がない。
抗告理由第四点について。
しかしながら、抗告人主張のような抵当権を実行しない旨の約束があつたことを認めるに足る資料は何等存在しないから抗告人主張の抗告理由第四点も理由がない。
その他本件記録を精査しても、原決定を取消すべき事由を発見できないから、民事訴訟法第六八一条第六八二条第六七四条第四一四条第三八四条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判官 田中盈 岡松行雄 今村三郎)
別紙
抗告の趣旨
原決定を取り消す、
本件競落はこれを許さない、
との御裁判を求める。
抗告の理由
本件競売手続には、つぎのような違法があつて、法定の売却条件に違背している。
第一点競売法第三二条第二項によつて準用される民事訴訟法第六七二条第五号に該当する違法がある。
競売期日の公告の方法は競売法第二九条第二項によつて準用される民事訴訟法第六六一条により必要的方法と任意的方法とが定められている。
本件記録によると、本件の昭和三八年五月一七日午前一〇時の競売期日および同年五月二一日午前一〇時の競落期日の公告は、それぞれ、東京地方裁判所および東京都杉並区役所の掲示板に掲示されたことになつている(右杉並区役所の分については、昭和三八年四月二三日午後二時一〇分東京地方裁判所執行吏平山宗一郎代理藤井利郎が同区役所主事本橋成喜立会のもとに掲示板に掲示した旨の報告がなされている、)
ところが、右公告の掲示はいづれも適法ではない。すなわち、
(1) 右杉並区役所の掲示板における、競売および競落期日の公告の掲示方法は、公告用紙を二つ折りにして、用紙の右肩を押ピンで掲示板にとめたり、或るいは用紙の右肩を紐で結びそのような公告を沢山一括して掲示板の釘に掛けてあつて、なお、右掲示板には硝子扉が取り付けられておりその硝子扉には鍵がかけてある。(乞参照疏第一号写真)
(2) 東京地方裁判所の掲示板における競売および競落期日公告などの公告の掲示方法は、公告用紙を二つ折りにして右肩を紐で結び、そのような公告を沢山一括して、掲示板の上段と下段に一列に打ち付けてある釘に掛けてあつて、なお右掲示板には硝子扉を取り付けその外側に金網扉が取り付けられ二重扉となつている。
もつとも、外側の金網扉には鍵は掛けられていない。右掲示板における掲示方法が右のような状態であることは公知の事実である。
右二カ所の掲示板におけるような競売および競落期日の公告の掲示方法では、右公告にあつて一番重要である不動産の内容、賃貸借関係の有無、最低競売価額等はいづれも二つ折りの公告用紙の裏側に隠れ、一般人としては容易にこれを見知することができない状態である。
昭和三八年五月五日頃右二カ所の掲示板の前に行き、本件競売事件の右競売および競落期日の公告が容易に見知し得るような状態に掲示されているかどうかを実見したけれども、その公告を見い出すことができなかつた。或るいは、他の公告用紙の下に掛けてあつて隠れていたのかも判らない。
競売期日の公告の記載内容に関して、競売法第二九条が規定されているのは、競売の日時、場所、競売不動産の内容、最低競売価額等を一般不特定多数人に了知させて、なるべく多数の競売希望者が競売に参加することを目的としているものであるから、掲示板に掲示する方法も、この目的に副うよう、一般人が公告を見て容易にその内容を知ることができるよう掲示されなければならないと解する。
にもかかわらず、前記のような妥当でない掲示方法がなされているから、「競売業者「ブローカー」が、競売事件を知る方法に、物件を評価する鑑定人、賃貸借取調をする執行吏競売事件に関する書類を送達する執行吏等に手を廻し、そこから聞いて知る方法もあるとの噂を耳にしている。――ジユリスト、一三五号、二七頁、山本実一判事稿――」との弊害が生れてくるものと考える。
右の次第で、本件競売事件の右競売および競落期日の公告の掲示は、競売法第二九条第二項によつて準用される民事訴訟法第六六一条第一項の趣旨に違背し、この違背は本項頭書の違法をきたすものである。
(福岡高等裁判所昭和三六年(ラ)第二六五号即時抗告事件につきなされた昭和三六年一二月一九日決定、下級裁判所民事裁判例集一二巻一二号一五五頁)
第二点競売法第三二条第二項によつて準用される民事訴訟法第六七二条第四号に該当する違法(競売法第二九条第一項、民事訴訟法第六五八条第一号の規定により記載しなければならない、不動産の表示の不備)がある。
競売期日の公告には競売法第二九条第一項(民事訴訟法第六五八条第一号)の規定により不動産の表示を記載しなければならないことになつている。
本件記録によると、競売および競落期日公告の控の不動産の表示欄に、
東京都杉並区上高井戸三丁目八八五番九
一、宅地三〇坪九合九勺
同所同番地
家屋番号同町八八五番の八
一、木造瓦葺弐階建居宅 一棟
建坪 一一坪七合
弐階 八坪七合五勺
本物件は賃貸借関係なし
と記載されている。
なお、鑑定人陣内与三作成の昭和三七年一〇月二〇日付評価書にも、評価土地、建物の表示として右と同様に記載されている。
ところで、右それぞれの不動産の表示は、いづれも、登記簿に記載されているところによつて記載され表示されたものと考えるが、右建物の現況は右表示とは異つている。
すなわち、右建物の西北側に密接して、昭和三六年五月頃費用約六万円余にて建築した、約二・二間に約一・五間の、木兼コンクリートブロツク造グラスライト葺平家建車庫一棟(約三坪三合)が現存している。(乞参照疏第二号証見取図)
競売期日の公告に不動産の表示を要することとした趣旨は、これによつて競売不動産を特定し、その同一性を知らせると同時に、その他の公告記載要件とともに、できる限り不動産の実質的価値を了知させ、それによつて多数人に競売手続に参加させる機会を与え、競売申立人および債務者その他の利害関係人の利益を保護しようとするものであるから、競売不動産の事実上の構造または坪数と、登記簿上のそれとが相違するような場合においては、競売期日の公告の不動産の表示には、実況上の構造または坪数をも併せ記載すべきであると解する。
社会通念からみても、車庫つき居宅と、車庫のない居宅との間にはおのずから価格に相違が生れてくることは明らかである。
従つて、右評価書には当然実況として右車庫をも不動産の表示に記載し、評価額の鑑定につき斟酌すべきであり、そして、右競売期日の公告の不動産の表示には、これまた当然実況として右車庫をも記載すべきである。
それにもかかわらず、その記載をしなかつた右競売期日の公告の不動産の表示の記載には違法があると言はなければならない。
第三点競売法第三二条二項によつて準用される民事訴訟法第六七二条第七号前段に該当する違法(競売法第三〇条によつて準用される民事訴訟法第六六五条第二項違反)がある。
本件記録によると、東京地方裁判所執行吏遅沢喜平作成の昭和三八年五月一七日付競売調書には、本件不動産の競売につき、昭和三八年五月一七日午前一〇時競売申出を催告した、同年同月同日午前一一時一八分競売の終局を告知した、旨が記載されている。
ところが、実際には競売申出催告後満一時間を経過しないで競売が終局されているのである。
昭和三八年七月一五日東京地方裁判所執行吏役場競売場において、競売に附せられた不動産任意競売事件は六件(東京地方裁判所昭和三六年(ケ)第九七九号、同昭和三七年(ケ)第四五五号、同(ケ)第八三四号、同(ケ)第八四六号、同(ケ)第一〇一四号、同(ケ)第一、一一一号だつた、そして、右競売場に来集した者は約三〇名位だつた。
執行吏が右六件の事件のうち最初の事件の競売価額の申出を促したのは午前一一時一〇分頃であり、右六件の事件の内競売中止事件が四件あつて、実際に競売されたのは二件に過ぎなかつたが、全部の事件の競売が終局したのは午前一一時三〇分頃だつた。
本件の不動産競売については、午前一一時一三分頃から執行吏によつて不動産の内容、最低競売価額が金二、三四二、〇〇〇円であることなどが告げられ、競買価額の申出が促がされ、数名の競買人等によつて段々と競り上げられて、約一四・五回目に申出た競買人によつて金三一〇万円で競買されることになり、右競売を終局する旨が告げられたがその時は午前一一時一八分頃だつた、本件不動産の右競売に要した時間は僅か五分間位だつた。本件不動産の競売については数名の者によつてのみ相当回数競り上げられたのであるから、競売場には約三〇名位の者が来集していたことではあり、法定の時間をかけて競売すればより多額にて競売され得たのではないかと考える。
右競売期日には、午前一〇時頃から全競売事件記録の閲覧が許されたようであるが、記録は来集者の内限ぎられた一部の者の独占するところとなつて、一般人には閲覧することが困難な状態であつた。
右の次第にて、右競売期日における本件不動産の競売には本項頭書の如き違背があるといわなければならない。
第四点競売法第三二条第二項によつて準用される民事訴訟法第六七二条第一号前段に該当する違法がある。
本件競売手続追行の根拠である本件の抵当権については、つぎのような事情から当事者間において右抵当権は実行しないことの特約が成立している。にもかかわらず本件競売申立がなされ競落許可決定が言い渡されたのであるから、右決定は取り消されなければならないものである。
債務者会社は抗告人の紹介によつて、債権者会社東京営業所を通じて債権者会社から商品を買受け取引きをするようになつたが、債務者会社は債権者会社に対し約八百万円余の買受代金債務を負うに至つた。
そこで、債務者会社は右債務の一部弁済として、約二百万円余に相当する商品を代物弁済として債権者会社に引き渡し残債務金六、一六二、三三〇円については月賦にて弁済することを約束した。
ところが、当時の債権者会社東京営業所の所長および担当課長等は、抗告人に対して、貴方の紹介で債務者会社と東京営業所を通じて取引を始めたがその結果六百万円余の焦げ付きを出すようになつた、これは東京営業所の仕事であり自分等は本店の重役および株主に対し、責任を問われ苦しい立場に追い込まれるようになつた、ついては、本社の重役および株主等に対し体裁を繕うためにすぎないから、右債務者会社の右債務につき、連帯保証人および担保提供者になつてくれと懇願した、そして、連帯保証人や担保提供者になつてもらつても、これは右のような経緯で体裁を繕うためにやることであり、あくまでも形式的なことであつて、決して連帯保証債務を追求したり、抵当権を実行したりするようなことはしない、このことについては本社の社長にも話し充分心得ているから絶対に間違いはないと確約した。
そこで、抗告人としては、債務者会社を紹介した経緯もあり、実質的に保証債務を追求されたり、抵当権を実行されたりするのでなければ、右東京営業所の所長や課長の苦しい立場を救うことにもなるのだからと考え、右所長等の申出を承知した。
そして、本件記録に添付されている、債務承認弁済、連帯保証、抵当権設定契約証書に署名捺印して右所長に渡したのである。
右の次第で本件の抵当権については実行しないことが確約されていたのである。従つて債権者会社の本件競売申立は明らかに不当であると言わねばならぬ。